Introduction
日本は台湾を1895年から第二次世界大戦敗戦まで
50年間にわたり植民地支配した
日本統治時代に警察官を務めていた父親を持つ陳振和さん
彼のことを友人たちは「和夫」と呼ぶ
日本時代の名前が泉和夫だったからだ
そして、彼にはもう一つの名前がある
Kayo Puna
台湾原住民族タイヤルの名前だ
「親日」として知られている台湾
観光旅行やビ ジネスなどで多くの人が訪れている
しかし植民地統治をはじめた頃の台湾原住民族との戦い
その後の同化政策の歴史を知る人はどれだけいるだろうか
彼らが伝統的に守り続けてきた土地、山林資源、言語や文化が奪われた
私たちが学んでこなかった歴史は日本国内にもある
その一つがアイヌ民族への同化政策だ
彼らが暮らして土地を、川を、文化、遺骨を奪い
アイヌ語の使用を禁じ名前を日本名され
そして「集団」は破壊された
タイヤルは「人間」という意味
アイヌも「人間」という意味だという
近代化、国体護持のもとに日本人への同化を強要された―
「生きる」大川小学校津波裁判を闘った人たちの監督
寺田和弘が6年の歳月をかけて本作を完成させた
監督の従妹の母は主人公の和夫さんの妹でもある
エンディングを奏でるのは日本とタイヤルにルーツを持つエリ・リャオ
重なり合う侵略・支配の歴史から
未来をともに考える―
タイヤルは¨人間¨という意味
動物でもない 野蛮人でもない
タイヤル・バライという言葉は
¨本当の人間¨という意味
アイヌは¨人間¨という意味
自然の物事が起きる中で人間は暮らしている
そういう存在がアイヌ
comment
弁護士 市川守弘
本作は、台湾原住民族タイヤルの男性が歩んだ波乱の半生を軸に据え、近代以降、日本や中華民国によって居住地を追われ、人権を侵害され、国家による同化の波に翻弄され続けてきた人々の苦難と、自らの尊厳をかけて再起する現在の姿を鮮烈に映し出している。
さらに特筆すべきは、その軌跡を北海道アイヌが辿った歴史的経緯と重ね合わせる手法だ。植民地主義という暴力が、先住民の魂にどれほど深い爪痕を刻んだかを鋭く告発している。
16世紀より漢族が流入した台湾において、清朝は当初、原住民の地を「化外の地」とし、一定の配慮を見せていた。しかし 1895年、日清戦争後の下関条約で日本が統治を開始した際、中央山脈や東部沿岸には依然として先住の民が自治を営んでいた。日本はこれら豊かな森林資源を求めて彼らを力で排除し、土地を「官有」とした。タイヤル族をはじめとする人々から生業の場を奪うことは、彼らの文化そのものを圧殺することに他ならなかった。彼らは法的権利を持たぬ「野蛮人」として差別され、過酷な労働へと駆り出されたのである。
日本軍は砲火によって村々を蹂躙し、抵抗する人々の平穏を奪った。霧社事件が広く知られているが、語られぬ壮絶な弾圧は各地で起きていたに違いない。日本人として、我々はこの加害の記憶を決して風化させてはならないだろう。
侵略と表裏一体で行われた同化政策により、彼らは母語や姓名を奪われて「日本人」になることを強要され、侵略戦争の駒として戦場へ送られた。順次訪れたのは蒋介石率いる国民党の独裁と「白色テロ」による圧政だった。命の危険に晒された「恐怖の時代」を生き抜いた彼らの証言は重い。






